絶景の志賀島に福岡の歴史を見る 金印と元寇

Zackey98です

突然ですがひきわり納豆って
丸納豆を刻んだものだと
思っていたのですが

あらかじめ挽き臼で
挽いて割った大豆を使う
ということで挽き割り納豆だそうです

順序が違うだけかと思いましたが
ひきわり納豆は粒が細かいのはもちろん
挽いていく過程で大豆の皮が
取り除かれるので口当たりがよく
納豆巻きなんかに適しているそうです

なるほど

志賀島

ドライブがてら博多湾の先にある
志賀島(しかのしま)へ

青森でいうと下北半島の位置です

福岡市は北に博多湾があって
周囲を山に囲まれた地形ということで
青森市にどこか通ずるものがあるので
雰囲気にすぐに慣れました

スケール感と発展具合は全然違いますけどね

海が綺麗でサーファーもチラホラ
暖かくなれば結構な混雑でしょう

金印公園

志賀島は歴史の教科書で習った
漢委奴国王印が出土した島です

後漢の光武帝から贈られた物

これはもちろんレプリカで
本物は福岡市博物館にあります

前も記事に書いたと思いますが
僕の出身地である青森って
教科書では縄文時代に
三内丸山遺跡が出てくる位で
あとはほぼ歴史無いんですよね

蝦夷征伐も北海道開拓も
舞台は北海道ですし

九州の人達は郷土愛が
比較的強いらしいですけど
分かりやすい歴史があれば
そりゃ地元が誇らしくなりますよね

羨ましい

蒙古軍供養塔

元寇で攻めてきた
蒙古軍を供養してます

もろに侵略しに来たのに
供養するとは懐が深い

僕が中高生の頃は元寇というと
日本軍が一騎打ちを申し出て
やあやあ我こそはと
名乗りを上げている間に
元軍が集団戦法を使って
イケイケで押し寄せてきて
それを神風でなんとか追い払った

という内容でしたが最近は違うようで
上陸してきた元軍を相手に
現地の鎌倉武士は連戦連勝で追い払い
数ヶ月も船上に押し込めている間に
二度の台風が襲ったということです

そりゃ九州で台風シーズンに
何ヶ月も海上にいれば台風来ますよね

有名な蒙古襲来絵詞ですが
これだけだと元軍が騎馬武者を
追い払っているように見えます

しかし明らかに反撃している
元軍兵士の色が濃く今では
後から描き足されたものとされています

ちなみにこの絵巻物の発注者は
右に描かれている騎馬武者の
竹崎季長自身だと分かっていて

こんなに苦労して追い払ったんだ
という状況を絵師に依頼して演出し
報酬を多く得たのでは無いか
と言われています

当時は同じ色味だったんでしょうけどね
何百年も後に悪巧みがバラされるとは
竹崎君も思わなかったと思います

乃乃乃
乃乃乃
乃乃乃
愛愛愛
 急
 急

上には梵字が書かれてますが
何の呪文でしょうね

ということで志賀島

次回志賀島グルメを紹介します

今日はこんな感じで

ではまた!!

場所

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